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[渡辺美里・80年代アーカイブス1] デビュー30周年記念の想い出 [[80年代] 音楽・EPICソニー]

音楽系のサイトを見いていたら、中高生の頃に聴いていた渡辺美里さん(以後、敬称略)が、1985年5月2日でデビュー30周年という記事を読みました。

■音楽ナタリー
渡辺美里、30周年に向けた第1弾作品で大江千里とコラボ
http://natalie.mu/music/news/115140

渡辺美里、デビュー30周年目前にアルバム&全国ツアー日程第1弾
http://natalie.mu/music/news/135306

最近の活動はよく知らず、聴くことは全く無かったのですが、80年代を懐かしく思いブログに書くことにしました。


(デビュー30周年を記念した、『30th Anniversary Special Issue 渡辺美里ぴあ』)


私自身、数回あの伝説の夏の「西武球場」(西武スタジアム)ライブにも参戦しています。(後ほど記述します)

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(スタジアム伝説 FOREVER 1986 ~ 2005 BORN FINAL)


このブログを書くことにあたり、押入れからひっぱりだした当時の書籍などの資料を元に渡辺美里について、数回に分けてトピックを書きたいと思います。

渡辺美里を最初に聴いたきっかけは、中学生の時にクラスの前の席の奴がファンだったというのがきっかけでした。『渡辺美里』は、今でいう『ガールズポップ』の先駆けだった人だったと思います。アイドル風のルックスの歌手を「アーティスト」というフォーマットで売り出した最初の人だった思います。

当時読んでいた音楽雑誌『PATi・PATi(パチパチ)』がまさにそうで、よく渡辺美里も特集されていました。

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出版社が「CBSソニー出版」(現・ソニー・マガジンズ)ということで、今思うとCBSソニー/EPICソニー系アーティストのステマ雑誌でしたね(苦笑)。今のようなみんな情弱で雑誌(紙媒体)はとても大切な情報元でした。この頃は他のソニー系音楽史として、『GB』、『WHAT's IN?』 (ワッツ・イン)なんかもよく読んでいました。

渡辺美里は、もともと当時CBSソニーが主催していたオーディション「第3回 ミス・セブンティーンコンテスト」の出身です。本選で高校(東京都立松原高等学校)の先輩でもあるEPOの「土曜の夜はパラダイス」を歌って「歌唱賞」を受賞しています。

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後ほど記述しますが、EPOの他に同高校の卒業生には渡辺美里プロデュースに大きく関わる事になる、佐橋佳幸・ギタリスト(松たか子の夫)、清水信之・アレンジャー(平松愛理 の元夫)がいます。

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(名曲のかたわらに サハシあり~ギタリスト佐橋佳幸・30周年記念公演より)

(左から、清水信之 ~ EPO ~ 佐橋佳幸 ~ 渡辺美里)


今でこそ低迷していますが、当時の『EPICソニー』の黄金期を作った大功労者は、間違い渡辺美里だった思います。昨今、EPICソニーは所属アーティストを大幅リストラしていますが、あまりリリース状況が芳しくなく彼女は残っています。また、2003年にエピックレコードジャパン創立25周年記念イベント「LIVE EPIC25」に出演し、盟友・この曲の作曲者でもある小室哲哉の伴奏で「My Revolution」も歌っています。この時の模様はDVD化されています。


[DVD] LIVE EPIC25


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また、当時のFM番組専門誌「FMステーション」の好きなDJランキングで数年にわたり1位でした。私は、TOKYO FMの「MISATO LAND~風になれたら」は毎週エアチェック(死語)していましたね(苦笑)



また、当時いかに人気があったというと、数年前にドキュメント映画「ベイビー大丈夫かっ BEATCHILD 1987」になった、日本版・ウッドストックとしての伝説のライブとなった阿蘇の麓で行われた「BEATCHILD 1987」に出演しています。今でこそ、フジロック、サマーサニックなどの野外ライブは当たり前になりましたが、土砂降りの中オールナイトで行われたこのライブは衝撃的でした。


(映画「ベイビー大丈夫かっ BEATCHILD 1987」予告編A)



このフェスは、マザーエンタープライズ(尾崎豊、ハウンドドック他)、ハートランド(佐野元春、渡辺美里、岡村靖幸他)の芸能事務所が中心に、ブルーハーツ、BOφWYも出ていました。


(映画「ベイビー大丈夫かっ BEATCHILD 1987」予告編B)



そして、この時のほぼメンバーが「広島平和コンサート ALIVE HIROSHIMA 1987-1997」に出演しています。

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この時の一部音源はCD化されています。

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(Alive! HIROSHIMA 1987)


この頃の渡辺美里は、裸足で転げ回りなが歌う熱いタイプのスタイルで「女・尾崎」と言われたいました。

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この時にハプニングで尾崎豊が渡辺美里のステージに乱入して、美里を抱えあげたり、美里の「GROWING' UP」を一緒に歌うという事もありました。

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残念ながら、CDには当日も同ライブに出ている、盟友・岡村靖幸作曲の「19歳の秘かな欲望」が収録されています。

もし、尾崎豊が生きていたら今の時代どんな歌を歌っているのか興味がありますが、不慮の事故で亡くなったことにより、時代のカリスマになったと思います。初期の名曲に2rd.アルバムのタイトル名になっている、『Lovin' You』(作詞:渡辺美里 / 作曲:岡村靖幸)という曲があるんですが、尾崎豊の名曲『I Love You』を思い起こされます。

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(2rd.アルバム: Lovin' You)


この曲は渡辺美里も敬愛する尾崎豊同様に休止してしまう、伝説のシンガー「ジャニス・ジャプリン」への思いを綴った詩と当時は聴いていましたが、私は尾崎豊を思い出してしまいます。


(「パール」/ ジャニス・ジョプリン)


渡辺美里は休養もなく、コンスタントに活動されていますが、90年代に入ってから大失速したのは私を含めファンの多くが、彼女の歌の世界感(「キミ」や「ボク」など思春期の中学生の頃の葛藤などの「My Revolution」を始めとする青春ソング)からは、卒業したんじゃないかと思います。ファンはいつもでもティーンエイジではないし、いつまでも青春の代名詞ソングを求める、一部の熱狂的なファン向けになってしまった感があります。(個人的に)

80年代当時のファンとしては、90年以降にドラえもんの主題歌を歌ったり、ミュージカルに出るなんて、想像できませんでしたね(苦笑)



その2」へ、続きます。

※このトピックに掲載した私が所有しているCD・レコード、書籍等の写真は他のサイト・ブログ、各SNS等への無断転用・引用は一切しないでください。

※ここで紹介している動画は、すべて所属レーベル(レコード会社)、アーティスト所属事務所などがプロモーション用に作成し、YouTubeで公開している公式動画です。

ここまで読んで頂きまして、ありがとうございました!!

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■渡辺美里: 80・90年代アーカイブス関連の記事
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 ・[渡辺美里・80年代アーカイブス4] TM NETWORK(小室哲哉、宇都宮隆、木根尚登)、大江千里 夢の共演
 ・[渡辺美里・80年代アーカイブス5] Lovin' you -30th Anniversary Edition-、11/30発売!
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 ・[渡辺美里・80年代アーカイブス7] BREATH -30th Anniversary Edition- ??

 ・[渡辺美里・90年代アーカイブス番外編] 小林武史(MY LITTLE LOVER)との音楽的関係性

2015/07/13 加筆・修正
2016.10.05 トピック名修正
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